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「阿蘇は観光地で土産物店もたくさんあるのに、地元の土産が何もなかった。阿蘇のものを使った、阿蘇の土産を作りたかったんです」と語る吉田清二さん。「阿蘇ものがたり」という名前も、そんな思いからつけられた。
舌の上でとろけるトマトケチャップ
色が美しい。赤ではない、鮮やかな朱色は、トマトそのものだ。そして、よくあるチューブ入りの商品のようにドロリとしていない。ビンを傾けると、果肉をそのままジューサーにかけたようなさらりとした朱色のケチャップが湯気を上げるできたてふわふわのオムレツの上に落ちた。
見た目がトマトの水煮をつぶしたようにサラサラなので、トマトソースの味を想像して口に入れると、予想はうれしい驚きとともに裏切られる。トマトの酸味にほどよくブレンドされた甘みとスパイスが作り出す、深い味わい。飲み込んだ後も鼻腔に残るスパイシーな香り。これぞ、ケチャップだ。単なるトマトソースならこうはいかない。そして、濃厚さに相反するように、食感は柔らかいトマトの果肉そのままに、軽く舌の上でとろける。これなら、いろいろな卵料理にたっぷりとかけて食べたい。カレーに入れれば、絶妙の隠し味になるだろう。ハンバーグを煮込んでみようか。キャベツやじゃが芋を煮てもいいかもしれない。収穫と食欲の秋の真っただ中、「阿蘇ものがたり」のケチャップに出会って楽しみが倍増した。
「阿蘇ものがたり」の工房。当初は、一の宮町の職安が移転した後を改装してスタート。現在は物産館「四季彩いちのみや」の敷地内に、行政の事業の一環として建設された工房で製造を行っている。
「工房阿蘇ものがたり」の原点、トマトケチャップは、平成7年度の「熊本県食品コンクール」金賞受賞。トマトジュースは平成11年度の「加工食品コンクール」で県賞を受賞。ゆずジュースやしょう油の実、酢大豆などもある。
規格外品に命を吹き込む
トマトケチャップをはじめ、「阿蘇ものがたり」と名のついたトマトジュースやドレッシング、ウスターソース、ジャムなどを生産しているのが「工房阿蘇ものがたり」である。「無農薬、低農薬にこだわった原料はすべて阿蘇産限定。添加物は一切使用していません」と語るのは工房代表、吉田清二さんだ。「阿蘇ものがたり」の商品の容器はすべてガラス瓶、蓋は王冠をしようしているも、「中身が変質しないよう容器の熱処理を十分にするためには、これしかない」と言い切る。
吉田さんが工房を立ち上げたのは、平成3年4月1日。合併する前のJA一の宮で青年部部長や役員を務め「JAにどっぶりつかっていた」吉田さんはある時、市場に出回らず地元の直売所などで安く売られるトマトの規格外品に出会った。もともと「高付加価値農業」を理念としていた吉田さん。「農産物を加工して売るというは、付加価値をつけるということ。規格外品も、加工することで一流になるわけです」。規格外品となるのは、サイズや熟し頃のタイミングで市場に出せないだけで、おいしさに変わりはない。そこに一手間加えることが「付加価値」。生産者にとっても利益になるだけでなく、育まれた大地の惠を無駄にせず生かすことができる。「ただ最初は、トマトだけんトマトケチャップはどうだろうかと頭に浮かんだだけ。トマトジュースも自分が酒飲みで二日酔いに欠かせんもんだけんね」と吉田さんは笑った。
「食いしん坊だから、食べ物に詳しいだけです」と笑う内田千鶴さん。「初心を忘れないことをモットーにしています。トマトケチャップの味は最初から全く変わってないんですよ」
「阿蘇ものがたり」に使用されるトマトは、一つひとつ丁寧に洗い、手作業でカットして中も確認する。「表面が大丈夫でも中が傷んでいることもありますから。手間をかけることが安全安心とおいしさにつながります」
材料と人の発掘が阿蘇ブランドを作った
理念と目標はあるものの加工品を作るノウハウがなかった吉田さんは、ある人材がいることに思い当たる。当時JAの生活指導をしていた内田千鶴さんだ。「食に関しての知識がとにかく豊富。彼女がいなければ、ここまで来れなかった」と、吉田さんが絶対の信頼を置く人物。「ケチャップの相談を持ちかけられた時は、半信半疑でした」と語る内田さんだが、試作品はすぐにでき上がる。その質の高さに「いける」と感じた吉田さんは、まずJAに「特産品開発部会」を立ち上げ初代部長となった。部会では、阿蘇ならではの加工品の発掘をすべく、地元の女性たちが参加する農産物加工品のコンクールを開催したり、青空市場で加工品やケチャップを販売。ケチャップの評判の高さに「意を強くした」吉田さんは、工房を立ち上げる。しかし、資金の問題はもとより、施設設備、生産性の低さや販売力のなさなど最初は問題が山積みだった。「スタッフは最初は無報酬だったけん、出てきてくれんかったりして頭を抱えました。今は事務所を一手にやってくれている女性は”私には無理です”の一点張りだったとです。でも、彼女になら任せられると確信しとった」。今では阿蘇全域の野菜や果物を使ったさまざまな加工品を生産し、阿蘇ブランドの地位を確立した「阿蘇ものがたり」。その成功の秘訣には、阿蘇産材料の発掘だけではなく、内田さんも含め、「すばらしい能力を持った人たち」吉田さんが発掘したことにもあるようだ。
「トマトの次はイチゴの規格外品を使ったジャム。キウイは自分でも作りよったので使いました。今では生産者から”コレをつあkって加工品ができないか”と言ってくることもあります」と吉田さん。現在工房の製造部長である内田さんは、「社長は、遊び心で作りなさいといいながら、尻を叩くのもうまいんですよ」と笑う。「商品は五感で作るもの。原料を確かめるときは、見て、触って、匂って、味わって、そして音だって感じるんです。そうやっていい物ができると思っています」
阿蘇で農業ができる幸せ
「工房の代表という仕事のほかに、家では農業に精をを出す毎日です」と語る吉田さん。自分の生産物の中で一番こだわっているのが米だ。新米の時期には、福岡市内の有名百貨店に自ら出かけ、「吉田米」と名付けた米を奥さんと一緒に消費者に直接売り込む。百貨店担当者との交流の中にもアンテナを張り、消費者の求めるものに敏感なビジネスセンスもあわせもつが、それも農業という”天職”がベースにあるからだと言う。工房はできる限りスタッフに任せ、自分はトラクターの上で携帯電話が鳴れば取る、という毎日だ。「農業は生涯現役と思っとるけん、無理はしません。毎日昼寝もします」と笑った。
「のろけになるけど」と前置きして吉田さんは言葉を継ぐ。「結婚するときに、いっぱい旅行をする、というのがお互いの約束だったとです」。だから、自分のペースで農作業を進め、休む時はめいっぱい休む。旅行してほかの土地の農業を見ると、阿蘇のありがたさがわかると吉田さん。「地下水が豊富で、自然があって空気もいいけど、山間じゃないから平地も多い、そして高冷地で湿度が低いから害虫がつきにくい、すると農薬もいらん。阿蘇で農業ができるのは幸せて、よく妻と話すとですよ」。阿蘇の恵みを知り尽くした吉田さんが誕生させた「阿蘇ものがたり」。これからも一手間かけた阿蘇のおいしさを発信しつづけることだろう。
現在、JA阿蘇の区域で、トマトの栽培は約50ha弱。主に阿蘇市の中部と南部で、年間約4,000tを生産しているが、長雨など気候の変化で増減がある。高冷地で、日中温度が高く夜は気温が下がるため甘味がのりやすい。品種は「桃太郎」で、生食にも加工にも向く。出荷は6月末から10月いっぱいくらい。
吉田さん夫妻が丹精込めて作る「阿蘇吉田米」。「とにかく、阿蘇の水のよさがいい米を作る」という。袋の丸い窓から見える米は乳白色に輝き、宝石のようだ。
ASO大陸第16号掲載